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成人式の思い出

みんなかつては、二十歳でした。

人それぞれがちがう想いで成人式を迎えます。
大人の方には懐かしいエピソード、
これから大人になる方はご参考に…。

お客様の思い出

  • 宮崎県 61歳

    私の成人式は41年前で洋服で参加しました。美容見習いをしていた私は振袖が着たくて、働いていた所の貸衣装の振袖を着ました。
    あこがれの青年団長さんに美容室まで迎えに来てもらい、日南海岸をバックにその方のカメラで3枚程写真を撮ってもらい、思い出の写真になりました。
    今年で鈴花に縁あって11年目。自分で着物着用ができてお客様にも一応着せることができるようになりうれしく思っています。

  • 福岡県 76歳

    昭和41年1月15日、早朝より近所のおばさんに私達(双子)は父が作ってくれた白の訪問着を着せて頂き、当時の志賀島汽船に乗り志賀島の志賀海神社に。その年の成人の仲間と、町が用意してくれた式典に参加しました。56年前のことです。雪がちらちら大変寒かったことを思い出します。6人兄弟の私は二人分の着物を作ってくれることも大変だったろうと父・母に深く感謝しております。
    父・母も他界、当時目を細めて着物姿を喜んでいた姿が思い出されます(涙)着物が大好きになった起源かもしれません!!

  • 佐賀県 51歳

    私の妹は鈴花で振袖を購入しました。当時としてはモダン調の柄でしたが、本人の好みで選びました。成人式を終えた後しばらくして妹は結婚し、振袖は母の元でタンスに眠ったままとなってしまいました。それから二十数年が経ち、帰郷した私に母親が見せてくれたのは、妹の娘がその振袖を着て微笑んでいる写真でした。
    妹以上に着こなしていて美しく、時代を超えて伝わるきものの美の素晴らしさを改めて実感したひとときでした。

  • 山口県 80歳

    もう60年も前の話、記憶を辿らないと思い出せない位です。成人式には出席しませんでした。五歳と小五で両親を亡くし、親代わりの伯母には無理が言えなかったと思います。そんな事があり、娘には18歳で振袖を作り、成人前に何度も着せましたが、娘の時代は贅沢は禁止で式は洋服で参加でした。その振袖を孫の嫁がお色直しで着てくれました。

  • 山口県 30歳

    当時、ギャル・キャバ嬢が流行していて、振袖はみんなハデハデでした。花魁姿はものすごく多く、髪型も化粧もすごく派手でした。とてもにぎやか、はなやかな日でした。レンタルの振袖でしたが、小物も1個1個派手なものを選び、1日で40万円かかりました。今思えば買ったほうが安かったですね。

  • 佐賀県 45歳

    20歳の頃は洋装にしか興味がなく、当時の母親に「和服はいらないからコムでギャルソン(ブランド)の洋服を買って!」と言っていましたが、結局和服を着ることに・・・。
    しかしそれ以来和服にはまり、和裁、着付け免許などを自分で修得して友人達から和服のことで頼られるようになったりしました。今では和服の大ファンです。

  • 佐賀県 52歳

    平成元年1月15日、早朝の美容室から始まり、着付けそして写真館へ行き、昼頃から式典の会場、そして同窓会ととても忙しい充実した1日でした。当時の両親は晴々しい気持ちだったと思います。一生懸命働く姿ばかりがこみあげてきて20年間の感謝の気持ちがこの振袖姿で表わせているのなら、これも親孝行と思いました。着付けのときに「細い!」と言われたことが懐かしいです。友人は今でも振袖のことでほめてくれます。娘も同じ振袖を着ました。それを見た姪っ子も今度の成人式に着用します。なんだかうれしいです。これからも大切にしたい1枚です。

  • 広島県 62歳

    ある日、学校から帰ると呉服屋さんと母が待っていて、部屋中に沢山の振袖を広げて見せてくれました。母と一緒に色柄を楽しく選んだ事、今でも鮮明に蘇ります。母は大変な中、自分が着れなかった振袖を娘には着せてやりたい、という想いで私に振袖を誂えてくれました。友人たちと楽しく晴れの日を迎えられた事、母に感謝!!です。

  • 佐賀県 69歳

    私は昭和46年に成人式を迎えました。このときは高度経済成長とニクソンショック、学生運動など世の中が目まぐるしく変わっていくのを感じました。当時は学生で、両親は苦しい家計を何とかやりくりして私を大学へ行かせてくれていました。アルバイトに明け暮れる毎日で、スーツなどを買う余裕はなく、成人式は普段着のセーターを着て出かけたのですが、同級生の女性の晴れやかな着物姿を見てうっとり。こうも大人の女性に変わるんだと思ったことを覚えています。

  • 広島県 67歳

    1973年、20歳の頃。和裁を習うため東京にいました。成人式当日、友達と和裁の学校の制服だったピンクの色無地(一ツ紋)に紺色の袴をはいて、明治神宮へ参拝に行き、写真館で記念写真を撮りました。(私は生まれて初めてパーマをかけています)当時は着物を縫いながら、昼からはラジオを聞きながら仕事をしていました。その頃、アリスの青春時代が流れ、素敵な声に惚れてファンになりました。しんどかったけれど大切な思い出です。その時の友達は今でも年賀状を出してます。

  • 宮崎県 58歳

    娘の成人式の日に私が着付けをしました。我が子に着せてやれてよかったです。その際、成人式の定番の白のフワフワのショールを買ってなかったのですが、娘にあれが一番の憧れだったと言われ、申し訳なく思ったのを覚えています。
    一生に一回の記念の日だったのに、自己判断で白のショールは今後使わないからいらないと思ったことをとても後悔しました。

  • 山口県 71歳

    昭和45年に成人式を迎えました。自分はあの当時、山登りに夢中になっていまして、着物の世界とは無縁でした。あれから50年、着物の業界にどっぷりつかっていて、着物のすばらしさ、美しさをお伝えすることができる仕事に幸せを感じております。着物は歴史を感じますし、代々つなげて行けますし、日本だけにとどまらず世界中の人々に発信したいです。2021年はオリンピックの年なので着物チャンスですね!!

  • 香川県 45歳

    姉の振袖を着て成人式に参加しました。同じ顔なのにちっとも似合わなくて、自分の着物が欲しいなと思いました。

  • 福岡県 77歳

    57年前の成人式の思い出・・・チョット・・思い出は断片的です。中振袖の着物を着て、当時千代町に在中してたので千代小学校校堂にて式がありました。小雪が舞っていて寒かったです。旧友に会えて話しが弾み、夜の町に出て友達の中のダンスがうまい人に誘われ初めてのダンスに戸惑ったのを思い出しました。それをきっかけに今に続いています。着物を着る嬉しさも今に続いています。

  • 京都府 59歳

    大学の入学式に着たスーツ(スリーピース)を着て人生で2度目の自分のスーツ姿に満足しながら数人の友人と成人式会場に向かうと、振袖姿の同級生達の華やかさに圧倒されました。その夜、急遽開催された同窓会で酒の弱い友人を介抱していると、ビールかけが始まり、自分のスーツは無残な最後を迎えてしまいました。

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